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シーサーの起源とその諸説~第四回

シーサー 九州 狛犬

写真は九州地方の狛犬

狛犬高麗犬)は一般的に、向かって右側の像は「阿形(あぎょう)」で、角はなく口は開いています。 そして、向かって左側の像は「吽形(うんぎょう)」で、一本の角があり口を閉じています。 両方の像を合わせて「狛犬」と称することが多いですが、厳密には、角のない方の像を「獅子」、 角のある方の像を「狛犬」と言い、一対で「獅子狛犬」と称するのが正しいとされています。この事から口が開いていて角の無い富盛の大獅子は狛犬の一対、狛犬の獅子の方を模した物と考えることも出来ます。


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タグ : 狛犬 高麗犬 阿形 吽形 獅子 富盛の大獅子 シーサー

シーサーの起源とその諸説~第三回

富盛の大獅子



シーサーは風水とも密接な関係にあります。
むしろ風水の産物とも言える所であります。

民間で用いられる今の形である村落獅子の最初の一体であり、沖縄最古のシーサーと言われる「富盛の大獅子」は、沖縄の石彫獅子のうち最古最大といわれ、1689年に設置されたものです。この獅子の目線の先には,火の山とされる八重瀬嶽があります。当時、村では度々火災があり風水師に相談したところ、近くにある八重瀬岳が火災を招く山なので、その山に向けて獅子を置けば大丈夫だと言われ設置した物と残されています。1689年と言うのは薩摩による支配が始まって80年ほど後のことです。この大獅子は見たところ、狛犬に良く似ており、それ以前に設置された獅子像に似ておらず現代の陶製のシーサー(獅子)にもあまり似ていないようです。また、これをモデルにしたとされる沖縄各地の石彫獅子にも似ていません。一つ分かるのが口を開き阿の形を取っているという事です。

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シーサーの起源とその諸説~第二回

シーサーの起源と歴史

記録上不明ではありますが最古と思われる物は英祖王陵の「浦添ようどれ大石棺台座の獅子」です。装飾のシンプルさから考えてもこちらの物が古いことが伺われます。当初は国王の権力を象徴し、王家の霊を守護する目的で大陸から導入されたのでしょうか。この点はエジプトのスフィンクスとまったく同じ用いられ方をしており興味深いところです。



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タグ : スフィンクス 英祖王陵

シーサーの起源とその諸説~第一回

放生橋羽目石の獅子



沖縄のことは、奈良時代には既に「阿児奈波」として日本にも知られていました。同じ頃、中国の史書には「流求国」が登場し中国との親交が始まります。シーサーの原型である「獅子」が沖縄で初めて伝来し鎮座した地は首里城周辺でした。伝来した当初は、まず貴族階級に持てはやされたと考えられます。この時代、個人の生活は貧しく「獅子像」は今のように個人で所有できる物ではありませんでした。記録上最古のものは、円覚寺の放生橋にほどこされた獅子で、1498年の建造であることがわかっています。





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タグ : 沖縄 奈良 阿児奈波 流求国 獅子 首里城 獅子像 円覚寺

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